黒川温泉は「新明館」だけの取り組みではきっと人気に火がつかなかったでしょう。
そのあとに続く旅館が同じような取り組みをしてはじめて黒川温泉として注目を集めるようになったのでした。

「新明館」の露天風呂の取り組みを注目した地域伝染マーケティングでは、この露天の評判を見て、「いこい旅館」の婿養子も後藤氏に教えを乞うこととなり、昭和58年6月、「いこい旅館」は女性専用露天風呂を開設することにしました。

新明館に続く、「美人の湯」として女性にも大変な人気と評判になることにつながっていきました。
こうして「いこい旅館」も黒川温泉人気温泉宿としてだんだんとその地位を保ち続けることとなったのでした。